星座望遠鏡はどんな経緯でつくられたのか、企画・開発の流れをご紹介します。(文:スタッフ 中村)

オペラグラスでの星空観察

星座望遠鏡はガリレオ式の望遠鏡です。ガリレオ式の光学系はプリズムがなくても正立像で見えるシンプルなものです。(現代の主流であるケプラー式は、倒立像(逆さの像)であり、正立像に補正するためには、プリズムが必要です)

ガリレオ式は400年前に考案された望遠鏡の元祖ともいえる設計ですが、実は現代でも生産されています。多くは3倍程度の倍率のものが作られ、観劇などを目的にしたオペラグラスとして販売されています。

1970年代に出版された中野繁先生の著書『四季の天体観察』の冒頭には、オペラグラスでの天体観察について、

「口径はせいぜい25~50mmていどで、倍率は3倍ぐらいのものが多く、視野はせまいのですが、倍率もひくいのでたいして不便もありません。少しモヤのかかったような夜空ではこれでおどろくほど星がはっきりしてくるものですからたいへんべんりです。」

との記述があり、120ページにわたる本文のなかで、オペラグラスで見るのに適した天体を春夏秋冬に分けて数多く紹介しています。

カサイトレーディング 「ワイドビノ」

中野先生もご指摘されていますが、確かに、通常のガリレオ式双眼鏡は視野が狭いです。

その欠点を克服し、全く新しい世界を見せてくれたのが、カサイトレーディングの「ワイドビノ」です。ワイドビノは、超広視界で肉眼よりも暗い星が見える道具として、星座望遠鏡の大先輩に当たります。

もともとはロシアで、スポーツ観戦用に作られたガリレオ式の双眼鏡(オペラグラス)ですが、28度の実視界はオペラグラスとしては規格外の広さでした。ガリレオ式としては贅沢に、片側だけで4枚のレンズを使っており、像もシャープです。

それを1990年代の半ば頃に、天文マニアでもあるカサイトレーディングの笠井社長が発掘し、超広角天体用双眼鏡として販売しました。このワイドビノは天文好きの人たちから「まるで目がドーピングされたような見え方」と、熱狂的な支持を受けました。

拡大率は2倍程度なので、ほとんど視野が拡大されている実感はありませんが、多くの星座を丸ごとカバーする広い視野の中で、肉眼と比較してより暗い星が見えるようになるので、このような表現になったのでしょう。

のちにロシアでの生産が終了してからも、笠井さんは他の工場に依頼して同じものを作らせました。改良も重ねられ、今でもワイドビノは定番の星空観察グッズとして人気があります。

テレコンビノ

詳しい資料がないのですが、おそらくは2000年代の中ごろ、コンパクトデジカメ用のテレコンバーターレンズが、ワイドビノとよく似た光学系であることに気づいた人たちがいました。

型落ちして、投売りされているような激安のテレコンを二つ用意して双眼鏡のように自作した「テレコンビノ」が登場しました。自作の楽しさもあり、多くの人に受け入れられました。

さまざまなテレコンが天体観察用に流用されましたが、最も評判がよかったのが、ニコンさんのTC-E2というテレコンです。レンズはワイドビノと同様の4枚構成。このテレコンを使ったテレコンビノは、オークションなどで販売されたりもして、非常に高い評判を得ました。

しかし本来の用途はあくまでテレコンです。流用品ゆえの宿命で、

 ・ピント調節ができない。
 ・50mm超と口径が大きく、双眼にすると眼幅を狭くできず、女性や子供が使いづらい。

というデメリットもありましたが、それを補って余りあるメリットがありました。それは、

 ・周辺まで崩れの少ない、ワイドビノに迫る像の良さ。
 ・口径が大きいこともあり、目を近づけなくても30度以上の視野が得られるため、めがねの上からでも使用できる。
 ・接眼レンズの直径が約18mmと、ワイドビノ(約7mm)より大きいため、非常に覗きやすく、眼幅をシビアに合わせる必要がない。

TC-E2はやがて生産終了となり、今では手に入りにくくなりました。最近ではコンパクトデジカメの市場はスマホとミラーレスに侵食され、このタイプのテレコン自体、あまり作られなくなってしまいました。

星座望遠鏡の発案

恐らくは2010年代のはじめ頃と記憶していますが、とある酒席で、星の手帖社の阿部社長が、

「ワイドビノってのあるだろ? あれの片目のやつを安く作って、『星座望遠鏡』って名前で売ったら子供が使うのにいいんじゃないかなって思うんだよ」

とおっしゃいました。阿部さんは、すでに星の手帖社から販売されていた「組立天体望遠鏡」と同様、2,000円を切る値段で販売したいとのこと。子供に天文教育を普及させたいという強い思いのある阿部さんらしいアイディアです。

私はその場で、

「それ、うちで作れるかもしれません。まずはどれくらいのコストでできるか検討してみます」

とお伝えしました。星座望遠鏡の企画開発は、星の手帖社の下請けという形でスタートしました。

検討

星の手帖社の社員であり、「組立天体望遠鏡」の企画開発を担当した川村晶さんにアドバイスをいただきながら検討を進めました。天文機材に造詣の深い川村さんは、様々なレンズの組み合わせで似たようなものを作れないか考えていました。

川村さんとの話し合いの中で、2000円を切るためには、

・日本以外の生産費用が安い国で生産する。
・プラスチックレンズを何枚か使う。

という条件ははずせない、という結論になりました。

倍率が低いので、プラスチックレンズの使用による像の劣化はそれほど影響はないでしょう。しかし、プラスチックレンズは初期費用が高いという問題があります。金型を作る必要があり、それがかなりハイコストなのです。既製品のプラスチックレンズの流用も考えましたが、思うようなものが見つかりません。

光学設計(レンズ設計)

そこで私が相談したのが日の出光学の宮野社長でした。ヒノデは国内外の様々な工場とつながりがあるので、そのノウハウが生きてくると思ったからです。

宮野さんと話し合う中で、やはり設計図がないと見積もりが取れないという話になり、まずは設計図を起こしてみようという話になりました。宮野さんに連れられて向かったのが、株式会社エリオテックでした。

エリオテックはかつてミザールという天体望遠鏡メーカーの社長にして設計者であった、生沼社長の経営する会社です。

生沼さんは、ミザール時代には光学設計と機械設計をこなし、多くのの名機を生み出してきました。現在では、多種多様な光学設計を幅広く請け負っており、もちろん、天体望遠鏡も海外メーカーからの依頼を中心に数多くこなしています。双眼鏡に関しても国内OEMの顧問設計士を務めるなど、精力的にご活躍されています。

光学設計者といっても様々な得意分野があり、双眼鏡や望遠鏡に詳しく、また天体に関して深い造詣がある方となると、限られます。星座望遠鏡の設計をお願いするなら、生沼さん以外には考えられませんでした。

生沼さんには、レンズ3枚構成のものと4枚構成のものと2種類の設計を依頼しました。プラスチックはとりあえずあきらめて、ガラスレンズでお願いしました。要件としては、周辺の崩れは少なくしてほしいことと、接眼レンズは20mmくらいの大き目でということを伝えました。

機械設計

さて、生沼さんにお願いした光学設計があがってきました。次には、そのレンズを収める筺体の機械設計が必要になります。図面を引いたのはAさん。理由あって正体を明かせないのですが、私と宮野さんの大切な飲み仲間であり、大先輩です。Aさんはこの設計を無料で引き受けてくれました。

見積り

機械設計があがり、宮野さんとこれを携えてとある工場に見積りを依頼しました。

数日後に提示された見積りを見て、思わずうなりました。4枚構成はもちろん、コストのひくい3枚構成の設計ですら、販売価格にして、優に6000円は超えてしまいそうです。しかし、このときの宮野さんの一言が新しい展開を生みました。

「星の手帖社の商品としては確かに高額すぎるけど、ヒノデやスコープテックの商品としては問題ないんじゃない? せっかくここまで持ってきたんだから、形にしたほうが良いよ」

私は再び星の手帖社へ向かいました。

自社製品としての開発へ

阿部社長に、

「どうしても6000円は超えてしまうので、星の手帖社のグッズとしては難しいと思うんですが、僕らの商品としてはちょうど良い価格帯なので、双眼鏡ではなく片目で販売するという阿部さんのアイディア、いただいてもいいですか?」

とお願いしてみたところ。

「なるほど、それはいいね!やってみればいい。」

と笑顔で言っていただけました。

価格帯とレンズ構成

さて、スコープテックブランドで販売するにしても、「子供に使ってほしい」というところは譲れません。たとえば、スコープテックのラプトル50という天体望遠鏡は、10000円を超える価格で販売されていますが、子供のクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントとしてのお買い上げが、非常に多いです。

実際、子供のクリスマスプレゼントってどれくらいなんでしょうか。調べてみると、大体5000円くらいが相場で、年齢が上がるごとに少しずつあがってくる感じなんです。とすると、10000円オーバーのラプトル50をお買い上げの親御さんは、ちょっとだけ、無理をしているのかもしれません。

調べていくと、3DSのソフトとか、シルバニアファミリーのセットとか、その辺の価格帯なんですよね。やはり5000円台が理想だな、と。

とすれば、やっぱり3枚構成でいくしかない。4枚の方が高性能だけれど5000円台は無理だから3枚でいこう、ということになりました。

試作

試作ができあがり、僕らは驚きました。

「さすがは生沼さんの設計だね。やっぱり天体のことをよく理解してるなあ」

3枚構成にもかかわらず、周辺の崩れが非常に少ないのです。後日、生沼さんに試作を持って行き、お話を伺いました。すると、

・3枚構成で周辺視野をよくするためには、2倍の倍率では難しい。
・ガリレオの場合、倍率がそのまま明るさにつながる。
・しかし、少し明るさが下がっても、周辺がいいほうが星座を見るには良い。

ということで、倍率を1.8倍に下げたんだそうです。これがバッチリあたりました。

見え方の理想として目指していたのは、ワイドビノやTC-E2でした。それらと比較したとき、倍率が下がりますが、明るさの違いはそれほど大きくは感じません。それでいて、周辺像は崩れず、目を近づければ30度の視界が得られます。視野の広さではTC-E2にかないませんが、口径が一回り小さく、レンズが1枚少ない構成であることを考えれば、健闘と言って良いでしょう。

光学系に関しては手直しの必要はなく、ボディの構造を何箇所か見直して量産化に踏み切りました。

お客様からのご感想

販売開始からしばらくして、お客様からは様々なご感想をいただきました。直接いただいたご感想もあれば、アマゾンに掲載されたレビューもあります

もちろん、「楽しく星が見られています!」「良い製品をありがとう!」というポジティブなご感想も沢山いただいており、このようなご感想をいただくと、これを励みに今後も頑張ろうという気持ちになります。

しかし、製品をより良いものに磨き上げ、長く愛される定番品に育てていくには、お客様からいただく厳しく、ありがたいご意見に耳を傾けなくてはなりません。そんなご意見の中からピックアップされたのが下記の三点です。

 ・レンズにキャップがほしい。
 ・ピントが合わせづらい
 ・周辺が崩れる

キャップとピントについて

キャップについては多方面から声をいただいてますので、いずれは標準添付したいです。それでも価格をキープできるかというと、ちょっと難しいかもしれませんが...標準添付した場合は、それまでにお買い上げいただいたお客様向けに、部品としてお求めやすい価格で販売いたします。

ピントについても何件かご指摘を受けています。ピント調整のピッチが細かすぎたのが原因のようです。天体用ですから、一度あわせてしまえば動かすことはないのですが、やはり、合わせやすいのが理想ですよね。

このピッチを変えるためには金型の変更が必要ですから、かなりコストがかかりますので、ある程度ロットをまわしてからの対応になります。でも、いずれは必ず取り組みたい課題です。

周辺の視野について

周辺の崩れを指摘するレビューを2件いただいています。これはマニアの方でしょうか・・・

例えば、レンズ枚数を一枚増やして4枚にすれば、周辺像を改善することができます。今の星座望遠鏡が定番化し、より高い性能を求める声があれば、実際に、プレミアム版として4枚構成のものを製品化したいという思いがあります。

レンズをもう一枚増やせば、周辺像をさらに良くする事はできるでしょう。

ただバランスとしては、倍率を少し上げて、より暗い星が見えるようにすることが優先かなとも思います(ガリレオ式の場合は「倍率=集光力」となります)。その上で少し周辺についても考えると思います。

実際に星空の観察をしてみて「周辺がもっとよければいいのに」という感想はほとんど聞くことがないです。製品テストとして、あえて視線を最周辺まで持って行かない限りはなかなかわからない程度の崩れなんです。

そうであれば、無理にそこを追求するよりも、集光力を増してより暗い星が見えるようになるほうが楽しいのでは?と思います。

ではさらに枚数を増やして5枚、6枚とすれば、像はもちろんよくなっていきますが・・・本体はどんどん重く大きくなっていきますし、光線の透過率も下がっていきます。光学製品って本当にバランスなんですよね。